ステージ衣裳のデザインとしてそれ自体「案」でありつつ、グラフィック作品でもある。実用性と芸術性が混じりあっている感じが戯曲やフィギュアスケートと通じて好きだそれ以前に綺麗だし。 |
小さくて精巧なものが好きで、そういうもの見ると「いやーーーーーっっっ」となってしまう(良い意味で) やられた☆ 小さくても精巧さのレベルが低いと別になんとも思わないのだけど、絶妙にそのラインをクリアしたものばかり。しかもギリギリ私にもできそうなのがポイントなのだった。 |
叫んではないか。呟いてる感じ。 そうしたら巻末の作者紹介までが、まず、文章のアントニー・バージェス、この人は『時計じかけのオレンジ』の作者らしく、そうしたキャリアを中心にまとめてあって良い。次に翻訳者の長田弘、この人も代表的な著書を羅列する形の紹介で、まあ、ふつう。それが絵を担当したファルビオ・テスター。「1947年、アイスクリームの国イタリア、ヴェローナ生まれの絵本画家」ここまでは良い。続いて、「アイスクリーム好きとして知られたカトリーヌ・ド・メディシス、チャールズ1世、ジョージ・ワシントンなどの名をたどれば、アイスクリームの歴史は、そのまま世界歴史に通じる。日本でも明治維新後、たちまち近代の味を代表することになったのは、アイスクリームだった」アイスクリームの紹介になってるー。。。。。。 |
遠くから見つめていたものがいまなら手に入るかもしれない。時空を越えた旅とあたらしい商品カタログ。 (商品説明より) クラフト・エヴィング商會の作品。かつて『ミツバチのささやき』という映画を観たとき、主人公を演じるアナ・トレント嬢が手にしている鞄が気になった。もしその鞄が手に入ったとしたら、中から出てくるのはきっと―― という設定で、「エッジの小さな劇場」や「ひとりになりたいミツバチのための家」等、ちょっと変わった架空の商品が綺麗な写真つきで紹介されています。この本はそのカタログという体。 アマゾンのレビューにあった意見が興味深くて、『ないもの、あります』ほどの笑いはなく、『どこかにいってしまったものたち』ほどのノスタルジックさもなく、思ったより普通だったと。 確かにそれはそんな感じで、要はパンチがない。でもそのこじんまりした感じが私個人にはちょうど良く、というのは多分、露店で買った綿飴の、飴の部分にかぶせてある袋を綺麗にとっておいて、洗って、自分の大切なオモチャとかを詰めて持ち歩いていた感覚と似ているからだろうな。 |
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絵画についてもどこか抑制のきいた作品が好きで、例えば横尾忠則の作品でも個性の激しいポスター画より、ちょっとした非日常を描いた「Y字路」などが好きなのですが、この作品集も
その主な題材である「性」や「腐敗」そのものより、浸食されたような輪郭や淡い色合に惹かれて購入しました。だいたい画集を買うときなどには決め手となる一枚があるのですが、この場合は「鳥博士への提案」(p.32)でした。 また、ヤンセンの人生に関するかなり詳しい記述も載っていて、九十歳で亡くなるとき「あと十年、あと五年生かしてくれたらもっと一人前の絵描きになる」と言ったと伝えられる画狂人・葛飾北斎への憧れから、北斎の作品を意識した創作もかなり行っていたと。「自分はホクサイのように九十歳まで生きて、ホクサイと同じ数だけの絵を遺す」とも書いているそうです。そして実際、自らも「画狂人」と呼ぶにふさわしい生活を送っていたのでした。 しかし現実にヤンセンが亡くなったのは六十五歳。左脳の血栓を起こした後、回復がかなわなかったのでした。また、亡くなる三日前にヤンセンを訪れた友人の言葉――「その日、私は彼の車椅子の背後から、彼の肩に手を置いてもみほぐして過ごしました。彼からはすでに目の表情も消え、誰彼の見分けもつかなくなっていたので、直接彼の身体に触れることがいちばんいいと思ったのです。そうすれば、私にはあの精気の失せた〈画家の眼〉を見なくて済んだのです」(p.129)からは、亡くなる直前のヤンセンが、もはやかつての熱情を失っていたことが読み取れます。命尽きるまで創作に執着した画狂人の最期にしても、最後に一切の創作意欲を失った画狂人の最期にしても、「創作って何なんだろう……」とは感じてしまいます。 |






