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今日は自宅のプリンターで『褒め殺し』販売用台本を印刷したのだけれど、いつになく大量に印刷させられることにプリンター的に嫌気が差したのか、「いっそ世の中真っ黒にしてやれ!」みたいな印刷をするようになった。持ち物は持ち主に似る。
「そういうさぁ〜、全か無かみたいな態度はよしてさぁ〜、大人なんだからさぁ。もう無理させないからぁ」って話しかけても、無視。 破壊してやろうか!!!! |
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テレビにお年寄りが出ていて、例えばその人が「75歳です」と言ったときにタレントが「え〜、見えな〜い!」と驚くことがよくあるけど、みんなの75歳像っていうのはどれほどのもんなんだろう。
今日は『褒め殺し』当日パンフに載せる挨拶文の締め切りだ。最近私は、「急いで物が書けない」ということにようやく気付いてきた。バランス感覚があまりないのだ。急いで書くと、信じられないくらい滅法独りよがりの文章になる。 急いでいてもうまくやれることが二つくらいほしいな。 |
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膀胱のサイズが現在の百分の一になったらどうなのだろう。一人がではなく、例えば日本人全員がそうなったら。トイレの設置数が今より増えて、道沿い10メートルごとにトイレがあるとかなるのかな。あるいはオムツ的なものが、もっと生活に馴染んだ形に進化したりするのかな。とか歩きながら考えてました。
。。。 上野の東京国立博物館で開催されている「対決―巨匠たちの日本美術」展を見に行ってきました。母が前に行っていて、すごくよかったということを言っていて、いつになくすごく勧めてきていて、私が今回「数日間東京に行ってくる」と言ったときにも「対決―巨匠たちの日本美術展を見に行ってくるのか?」と聞き返されたので、行かないわけにはいかないだろうと思って行ったら良かったです。 「同門から出て異なった作風を開拓した鎌倉時代の「運慶vs快慶」に始まり、室町時代の代表的水墨画家雪舟等楊と彼に私淑した雪村周継、安土桃山時代に天下人の御用を争った狩野永徳と長谷川等伯など、中世から近代までの日本美術史に名を刻む巨匠たちを、2人づつ12組とし、名品を対決させる形で紹介いたします。」(サイトより) ということで、24人の名匠たちの作品計100点以上が一堂に会し、「どっちを見てもすごい」アミューズメントパーク状態。また、「対決」と銘打ってあるだけあって例えば円山応挙の『猛虎図屏風』と長沢芦雪の『虎図襖』が並んで展示されているなど、比較が容易になっており、作家の個性がわかりやすく際立っていました。しかし混んでいた! やはりいつになくキャッチーな企画なんだな、お得感あるのだなということが伝わってくる人の入りようでした。 で、様々な作風が一度に見られるので面白かったのですが、表現や技法で「あぁ、こういうのアリなんだな」と何度も感じさせられたのが面白かったです。例えば伊藤若冲だったら、もちろん奇想的な作品は驚かされるのですが、題材として特に変わったところのない、例えば鶏を描いた作品などでも、鶏はものすごい緻密に、ものすごいリアルに描き込まれているのに、その足元にいるヒヨコはスタンプを押しただけのようだったり、デフォルメの差? でもそれで画面の均衡が崩れるということは全くなく、むしろ色気を生み出しているのが、良いなぁと思いました。「あぁ、こういうのアリなんだな」と思わせつつも、それをマニュアル化して真似したところで同じものは出来ないだろうと思わせる、そんなところもよかったです。 で、私は時々ひょうきんな表情をしてしまうのですが、俵屋宗達・尾形光琳の『風神雷神図屏風』の風神・雷神の顔に通じるものがあるのを感じ、あぁ、ひょうきんは日本の文化なのだ、やはりジャパニーズビューティーなのだということを思いました。 |



