戦後少女マンガ史
戦後少女マンガ史 (ちくま文庫 よ 19-1)戦後少女マンガ史 (ちくま文庫 よ 19-1)
(2007/08)
米沢 嘉博

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どうしたらこんなに詳しくなれるのだろうと思う本にしばしば出くわすが、これもそんな一冊。しかもこの著者は他に『戦後SFマンガ史』、『戦後ギャグマンガ史』なるものも書いているらしい。この本さえまだ読み終わっていないのですが、恐ろしいです。

そして、まだ読み終わっていないのですが、私的に気になる部分が出てきたので引用。
「そしてその矢代まさこの代表的作品であり、少女マンガ史の中で大きな意味を持つ「ようこシリーズ」はそういった矢代の表現の実験であり、少女そのものを追求しようとする試みであった。昭和三十九年から四十一年にかけて発行された全二十八巻のこのシリーズは、二十八人のようこという少女を登場させる。もちろん、それぞれのようこはみな違う立場にいるし、話もつながってはいない。このシリーズの共通点は、主人公の名の音読みが「ようこ」であるという一点なのだ。いうならば、ようこという名の持つ無名性があらわす「少女」そのものに他なるまい」(p.129)
かねがねメジャーな名だとは思っていましたが、無名性… 無名性であるか……
【2008/01/30 21:35】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
カップヌードル
カップヌードル1
トイレットペーパーを駆使して撮った、カップヌードルです☆
【2008/01/30 17:17】 | トイレットペーパーのむこう | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ルーシーの掃除
  

  『ルーシーの掃除』
                  黒川陽子


ルーシーが突然の掃除熱に冒されたのは、四月にしては蒸し暑い、ある午後のことだった。一九七五年。ウォーターゲート事件を受けてのニクソンの辞職、ベトナム戦争の後遺症、そして八十年代の狂騒へと、世の価値がこれまでにない変貌を遂げる、一端でのことである。
ルーシーは口の中のチョコレート・ドーナッツを飲みこむと、水をたっぷり注いだブリキのバケツをリビングまで運んだ。そして、水は要らないことを知った。
〈乾いた布に直接つけてお使いください。こすらずなでるだけ〉
ボトル裏の説明書きには、小さなバケツマークに赤のバッテンがついている。
ルーシーはまた立ち上がった。レモン色の小花模様のワンピースがふんわり開く。四十三歳だが、あどけなく見える。
それを発見したのは一ヶ月前のことだった。
いつもの例で午後のテレビ番組をソファに横たわってヘレンと一緒に見ていて、ヘレンが、やおら「これいいわ!」と叫んだのだった。
オーバル形の画面のなかで男性が色とりどりの文字を次から次に消してみせていた。Aを二つに分断し、次にターンして戻ってきた手がたちまちそのかけらを二つとも消した。ルーシーには子供がいない。「お子さんのラクガキも、クレヨンの跡もひと拭き」という売り文句はいまいちピンとこなかったが、その鮮やかな手つきには素直に感心した。爽快だった。
ルーシーがいちばん買いたかったのはジュエリーだった。模造だけれど新鮮な色を出している、ルビー……
そこでジュエリーを注文するときその商品も一緒に注文してあげたのだが、届くより前にもともと旦那さんの転勤がどうとか言っていたヘレンが突然引っ越していなくなってしまい、結局、その拭き取り剤〈ピカリンハイ〉はルーシーのもとに新品のまま残されたのだった。
少し前から壁の黒ずみが気になっていた。やはり人の触れるところが汚れやすい。築二十五年になるが、あまり部屋に物を置かない主義のルーシーとしては、壁も綺麗にしておきたかった。以前水拭きしたが黒ずみは消えず、かえって染みになりそうだったのでやめた。〈ピカリンハイ〉が役に立つのなら、無駄にならなくて良い。
しかし、これがルーシーにとって衝撃だった。
たちまち黒ずみは消え、かわりに見たこともないような白色が雑巾の下から姿をあらわしたのだ。あまりにスムーズだったので、強すぎる溶液が壁紙をはがしてしまったのかと思った。しかしそもそも壁紙は貼っていない。
ルーシーはこわごわ、指先で壁に触れてみた。
やはり元の壁だ。でもこの白さはなんだろう。ひとつ皮が剥けたように、本来汚れていないはずの周囲の壁とも違ってしまっている。雑巾を裏返して確かめてみたが、おそらく「黒ずみ」だったであろう汚れがついているだけで、一体何を拭き取ってしまったのかはっきりとはわからなかった。
ルーシーは部屋を見回した。しかし驚きを上回る大きな納得が、彼女の胸をとらえていたのだった。たしかそうだった。最初にこの家に入ったとき、まだモルタルのにおいが漂っていたこの部屋は、
こんな色をしていた――
小花柄のカーペット、台所までまっすぐにつながっている、ムク材の床、急激な階段のスロープ…… 一見、清潔に保たれているそれぞれの箇所に、しかし表面的な汚れや埃とは違う、年月の経過が、確実に陰を落としていた。壁もそうだ。あんな色じゃなかった。階段の壁も、あそこまで暗くはなかった。なんでまた、これが普通だと思ってしまったのだろう。
再び雑巾に〈ピカリンハイ〉の溶液を垂らし、ルーシーは周囲の壁へと手を伸ばした。同じような白さが顔を出す。ルーシーは興奮した。本来の色だと思っていたものが剥がされ、真実が顔を出す。開拓すべき、新たな大地だ。こんな日常の中に。
流していたレコードを切って、作業に没頭した。台所から椅子を運んできて、上のほうも拭いた。それでも届かないところはモップを利用した。
夫は、褒めてくれるだろうか……。
みるみる家の中が明るさを取り戻して行く。そしていよいよ、あとひと拭きで壁の全てを真っ白に塗り替えようというとき突然、〈ピカリンハイ〉のプラスチックのボトルが頼りなげに空気を吐き出した。

夫は六時に帰ってきた。家に入るなり、
電球を取り替えたのか?
そう不審そうに尋ねた彼の言葉は、ルーシーに自信を与えた。家を管理し、そして美しく保つハウスワイフ。けれど、昼間から待ちわびた有頂天の時間は、長くは続かなかった。夫は壁の一点に近づいた。
「これは?」
「ああ、それ……そこだけ」
「なんだ、この色」
「お薬が足りなくなっちゃって」
「え?」
夫はしばらくその部分と他の部分の壁とを見比べていたが、
「汚したのかと思ったけれど、じゃあ拭き……」
「そこだけ残っちゃったのよ」
皮肉なことだった。あと一息で全ての壁を美しく塗り替えようというとき、図らずも〈ピカリンハイ〉を使い切ってしまったことに気がついたのだ。ルーシーは四方の壁を順に拭いていったから、それはちょうど、ルーシーが掃除を始めた辺りだった。数時間前、驚嘆と共に眺めた白さがすぐ左手にある。けれど家を一周した今、最後の最後にそのギャップを埋めることができなかった。
ほぼ赤ん坊大の拭き残し。
何でこすっても無駄だった。水拭きを試み、ついにタワシまで持ち出したが、〈ピカリンハイ〉の威力は唯一無二のものだった。つい今朝までは全くの日常であった壁の汚れ。いやむしろ、壁全体が一様に着色されていたため、「汚れ」という意識さえなかった。しかし今、壁は元の純白を取り戻し、拭き残した部分が相対的に浮き上がってしまっている。まるで意図的に塗料を投げつけたかのようだった。
「ベンジンが混じってるのか?」
「企業秘密なんじゃない?」
「ベンジンは入ってないみたいだな」
夫は〈ピカリンハイ〉のボトルの裏を眺めながら、しばらく拭き残しの前に立っていた。ルーシーがしびれを切らして呼びかけると、一応はソファに座るものの、しかしテレビを見るような素振りをしながら相変わらず拭き残しを眺めていた。
実際それは、妙に神経を苛立たせる光景だったのだ。
その夜、ルーシーは隣で寝ていたはずの夫がベッドを抜け出し、リビングの隅でなにやら作業しているのを発見した。そして立ち上がった彼が、壁にペンキを塗りつけようとするのをすんでのところで食い止めた。いっそ全部塗り直す、と息巻く夫の足元にあるのは茶色のペンキだ。昨年の夏、物置を塗るのに使った残りである。
「なんだってこんな半端なところから始めた。角から拭けばみっともないことにはならなかったろう!」
「はいはい」
依然、苛立つ夫をなだめながら、ルーシーは午後じゅうかかった自分の努力が無下にされたような、やりきれなさを感じていた。

数日後、ルーシーはひとり、拭き残しの前に立っている。もうすぐ左官屋がやってくる。結局拭き残しは消えず、家具で隠しても「汚れている」感じは拭えなかった。プロの手を借りて家じゅうの壁を塗り直すことに、昨夜決定したのだ。
最後のあがきとして通販会社に電話をかけてみたが、〈ピカリンハイ〉は売り切れ、再入荷の予定も立っていないということだった。
ルーシーは拭き残しを見つめた。この汚れ。私達夫婦の二十五年の歳月。
不意に、馬鹿馬鹿しいような気分になった。これは私たちが一緒に過ごした証。むしろ、そう、子供のいない自分たちにとって、この赤ん坊ほどの染みは、自分たちが四半世紀もの時を共に過ごしてきた唯一の証じゃないの。それを塗りつぶすなんて。それ以前に、この汚れを受け入れることができないなんて。のみならず苛立つなんて。
ルーシーは結婚した当初のことを思い返していた。当時は戦後の結婚ブームで、若かった二人は、半ばノリのような勢いで共同生活に足を踏み入れた。それから二十五年、この染みに慣れないということは、自分たちにとってこの夫婦生活が、紛れもない異物であるということだ。燃えるような切なさに駆られ、ルーシーは思わず壁の汚れに手をつっこんだ。

つき指したー。





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【2008/01/30 16:35】 | 『ルーシーの掃除』 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
左右非対称モデル
テレビ番組で、メイクの技とか顔面マッサージの技とかを紹介するとき、その見本というか実験台になる女性がいると思います。たぶんモデルさんだと思うのですが、いつも奇妙だなと思うのは、顔の右半分だけとか、左半分だけとか、片側だけを施術されるということ。右側だけメイクをして左側と比べ、「あ、格段の差ですね」とか、左側だけマッサージして右側と比べ「わー、左だけ小顔〜!」とか。Beforeの写真との比較が以前は多かったように思うのですが、それをライブで、しかも顔の真ん中に赤道線を通して見せてしまうという。人の顔は左右対称である、という大前提。
きっとあのモデルさんにも適性があって、まず、メイクならメイク、マッサージならマッサージだけを見てもらえるように、あまり強い個性は持っていないということ。スッピンで画面に写っても見苦しくないけど、同時に化粧栄えもするということ。マッサージの効果が良く出るように、あらかじめ微かにむくんでいること。そして顔の対称性が保たれるようにホクロやニキビがあまりないこと。
あとおそらく重要なのが、モデルとしてそこにいることの誇り、でしょうか。上のような仕事の場合、施術された側の顔は褒められ、されていない側は否応なしにけなされることになります。つまり、「褒め」と「けなし」の両方を同時に受けるというこれをダブルバインドといいますか? それでも「私って、何?」等思わず、少なくとも現在皆の視線を集めているという事実で立ち続けられることが重要です。

求人:左右非対称モデル
資格:20歳〜30歳位迄
・ナチュラルな個性の方
・スッピンに自信のある方
・メイクで変わる自信のある方
・女性らしい柔らかなお顔立ちの方  歓迎!
第一級のプロの技を実証する、モデルとしてのやり甲斐を感じられるお仕事です。

【2008/01/30 13:13】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
万年筆
2008-01-26_20-23.jpg
トイレットペーパと折り紙を駆使して撮った万年筆です☆
【2008/01/26 16:10】 | トイレットペーパーのむこう | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
みかん
青みかん7
トイレットペーパーを駆使して撮った、みかんです☆
【2008/01/26 01:40】 | トイレットペーパーのむこう | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
O・ヘンリ短編集
報われる善性を描いたのが「賢者の贈りもの」だとすれば、全く報われない善性を描いたのがこの『O・ヘンリ短編集(1)』に収録されている「善女のパン」です。

O・ヘンリ短編集 (1)O・ヘンリ短編集 (1)
(1969/03)
O・ヘンリ、大久保 康雄 他

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主人公はパン屋を営む40歳のミス・マーサ・ミーチャム。そこに週に二三回やってくる中年の男性がいたのでした。彼はいつも必ず固くなった古パンの塊を買っていきます。きっと暮らしが厳しいのだろうと察した彼女は、あるとき、彼には内緒で古パンにバターを仕込んであげます。
しばらくして荒々しく押し入ってきた男性。彼は激しく怒り狂っていて、マーサに対し、ついに「おまえみたいなやつを、おせっかいのバカ女というんだ」と叫んだのでした。一緒に来た友人により、その男性は建築の製図家であること、そして鉛筆の下絵を消すのに古パンの屑を使っていたということが明かされます。マーサの仕込んであげたバターは、彼が三ヶ月前から取り組んでいた市役所の設計図を駄目にしてしまったのでした。

男性の暴言はマーサの不憫さを強調しますが、男性の方にももちろん同情すべき余地はあって、彼は設計図を懸賞に応募するつもりだったらしいと。実際、着ている服は粗末だし、中年になってのこの挑戦はかなりの賭けだったのだと思います。心血を注いだ設計図があかんようになって、しかもその原因が愛情に溢れたバターであると悟ったとき―― 作品はマーサ目線で書かれていますが、ぜひこの男性目線でも一篇読んでみたいところです。『冷静と情熱のあいだ』みたいに。


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【2008/01/26 01:13】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あひるんるんバージン
宮崎あおいが出ているアフラックのCM。そこで流れる軽快な「アヒルのワルツ」。サビのあひるんるん。
私はよく、CMの歌、つまりCMソングを口ずさんでしまうのですが、この「あひるんるん」に関しては一瞬戸惑いました。なんでかなー。と思い、そして思ったのが、「アヒル」という名詞に「るんるん」という活用がついているのが異様だったのじゃないかと。例えば誰かを親しみを込めて呼ぶとき、その人の名前に「〜ぼん」とか「〜っち」とか特に意味のない語尾を付け加えることがあると思うのですが、それは行為としては、固有名詞に固有でない音をつけることで、より共同体の側に引きつける意味合いがあるのではないかと思うのですリズムをつけて呼びやすくすると同時に。なので「固有名詞+意味のない音」という組み合わせは我々日常、聞き慣れている。でも「アヒル」って普通名詞じゃないですかー。つまり別に親しい呼び方にする必要のないものに意味のない音がついてるわけで、慣れない。「イメージキャラクターがアヒルなのでアヒルにちなんだ歌をなんとか」というCMならではの環境が生み出したポエジーだなぁと思います。
【2008/01/21 16:52】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
破壊的な足うら
  

  『破壊的な足うら』
               黒川陽子
 

おれは片足立っていた。冷え切った夜明け前の台所で、バランスをとり、テレビをにらみつけていた。こうしてもう二時間が経つ。傍目にはさぞかし酔狂と思われることだろう。しかしこれは人類の未来を占う、そしておれの報われない愛の結晶としての、史上最大級に偉大な片足立ちなのだ。
ことの発端は昨日の朝、おれは締め切り間近のグラビア写真を会社にとどけるため、秋葉原の街を全速力で走っていた。季節は冬なのに周囲には「オタク熱」とでも呼ぶべき鬱陶しい暑さが充満していて、額から背中から容赦なく汗がふき出した。そのときだった。ズボンのポケットに入れた携帯電話がものすごい勢いで振えはじめたのだ。編集長がとうとうしびれを切らして電話してきたのかもしれない。おれはなお秋葉原の街を全速力で進みながら、写真を抱えていない左手で携帯電話を出した。
「はい」
「ね、ね、ねねね、近くにテレビある?」
アキだった。おれの同棲相手。フリーターで、昼間はふつう家で寝ている。
「いま忙しいから切るね」
「ちょっ、それどころじゃ……」
おれは電話を切った。数秒も待たずして再び電話がかかってきた。
「テレビ見てみてよ。すごいんだから」
アキがひどく興奮した声で叫んでいる。
「戦争が始まったみたいよ!」
見ると、少し先の電気屋の前に小さな人垣ができていた。どうやら全員、ウインドウの中のテレビを覗き込んでいるらしい。おれは重なり合っているオタクたちをかき分けてウインドウの前に立った。
「なんにもないじゃないか」
ガラスのむこうのテレビに映し出されているのは、一面真っ黒な大地だった。音声はなく、画面はただ静かに、静まり返った黒い大地を映している。
「いま止まっただけなのよ。さっきまで爆発がぽんぽんぽんぽんすごかったんだから……」
アキが震えた声で言う。おれはそのまま少し待ってみたが、爆発どころか画面には猫一匹横切らなかった。
「仕事中だから切るよ」
おれは電話を切り、電気店の前を離れた。すぐにまたアキから電話がかかってきていたようだったが、おれは無視した。
会社に戻り編集室に飛び込むと、様子がおかしかった。明日が入稿日だというのに誰一人デスクについておらず、一方、隣の休憩室のテレビの前に人だかりができている。皆熱心に画面を覗き込んでおり、「スクープ」や、「国連」といった言葉と共に、音量を最大にしたと思われるテレビから花火のような爆発音が連続して聞こえていた。
「どうしたんですか」
おれは人だかりの後ろにいた岡部さんに声をかけた。
「自爆テロじゃないらしいんだよ。規模がでかすぎるし、朝からずっとだぜ」
要領を得ない。おれはジャンプし、人だかりのむこうにある4.2インチのテレビを覗き見た。
瞬間、画面の中央にあった果物屋が丸ごと吹き飛ばされた。
大規模の、しかも断続的な爆発が今朝からずっと続いているらしかった。現場の土地柄から最初は自爆テロかと思われたそうだが、あまりに長時間にわたる破壊に、にわかに戦争勃発説が浮上してきたらしい。湾岸戦争以来の規模と、一切布告のないまま続いている不可解な爆発に世界中のメディアが騒然としているらしかった。
おれは一人、デスクに戻った。戦争も気になるが、ともかくは今日締め切りのグラビアをなんとかせねばならん。写真の封筒をデスクに置き、椅子に座った。
「やんだぞ……」
瞬間、休憩室の方から驚いたような声があがった。
テレビの中の爆発が止まって静かになったようだった。おれは定規を取るため立ち上がった。休憩室で再び爆発音と、大きなどよめきが起こった。おれは定規を取り、再び椅子に座った。
「やんだぞ……」
驚いたような声が、再び休憩室の人だかりからあがった。
小便に行きたくなった。そういえば朝から走り通しで一度もトイレに行っていない。よく今までもったものだと思いながら、小走りで編集室の扉の方へ向った。まるでアニメのように、おれの走りに「ぽんぽん」という効果音がついた。
おれは立ち止まった。そして方向を変え、休憩室の人だかりに近づいた。爆発音が大きくなる。人だかりの後方から少し距離をおいたところで立ち止まった。
爆発音がやんだ。
おれは少し考えた。しばらく前にアキに無理やり連れて行かれた社交ダンス教室を頭に思い浮かべた。そしてにわかに小さくジャンプすると、うろ覚えの、サンバのステップを素早く踏んだ。
テレビの中の爆発が下手なサンバのリズムを刻んだ。

家に帰りついたのは十二時すぎだった。アキがひどく機嫌を損ねた様子で台所の椅子の上にあぐらをかいて座っていた。居間のテレビが、いまや焼け野原になり果ててしまった街の様子を上空から映し出していた。アキは責めるような目でこちらを見上げている。おれはため息をついた。
「仕事とワタシとどっちが大事?」
やっぱりきた。こうなったときのアキは始末にならない。冷たくしたことを謝り続け、彼女が忘れるまでひたすらこき使われる。根が暴力的な女なのだ。でも今のおれに、そんなエネルギーはなかった。
おれはまたため息をついた。そしてふと、思いついた。今やうっすら涙を浮かべているアキに、
「見ててみそ」
一言言うと、おれは昼間よりは少しうまくなったサンバのリズムを刻んだ。しばしの小休止状態にあったテレビの中の街が、サンバのリズムに合わせさらに粉みじんになった。
アキは最初、意味がわからないようだった。ぽかんとしておれとテレビを見比べていたが、
「パソドブレ」
おれは言われたとおりに闘牛士の力強いステップを踏んだ。焼け焦げた真っ黒な街が、まるで黒い猛牛のように激しく揺れた。
アキが微笑んだ。え〜すごーーーーーいね。と小さく拍手しながら、立ち上がり、おれに近づいた。そしておれの腕を彼女自身の腰にまわし、彼女がリードするようにして本格的なパソドブレを踊りはじめた。彼女にリードされておれも動く。おれのステップに合わせ、テレビが一拍遅れで重低音を刻んだ。アキが歓声をあげた。一気に機嫌が直ったみたいだった。
それからはサンバ、タンゴ、クイックステップと、彼女の好きな激しいダンスをメドレーで踊った。チューハイの缶をあけ、疲れていたおれはすぐに酔いが回って上機嫌になった。アキも最高に興奮している。ここ数ヶ月見なかったほどの素晴らしい笑顔を見せ、深夜のダンスパーティーはいよいよ熱を帯び始めた。アキがはしゃいでテレビをぽんぽんと叩いた。爆発音が轟く。おれも楽しくて笑った。アキがきゃっきゃっと、少女のような声を出した。髪に手をかけしなをつくった。そして、
「ねぇ」
一転、蒼い顔をしている。
「場所がね、はじめ中東で、次にモンゴル辺りで、次に中国で、さっき日本海だったの」
「……」
おれも気付いていた。今テレビが映し出しているのは外国の街なんかじゃない。そして爆発音が、いつからか二重に聞こえるようになっていた。一つはテレビから。そしてもう一つは…… おれは窓に近づこうとした。
「動かないで!!!!」
アキがおれを見ていた。怯えと、憎悪の混じったものすごい目だった。
アキは一目散に外へ飛び出した。追いかけようと一歩を踏み出したとき、近所で大爆発が起こった。幸い、彼女が行ったのとは別の方向だ。でも家が軋んだ。おれは片足立ちで止まった。

それから二時間。陽が昇り始めた。鳥の声は聴こえてこない。
アキは……
もう逃げおおせただろうか。太ももがパンパンに張っていた。この足を下ろしたら次は家ごと吹き飛ばされるに違いない。せめて彼女が危機地帯を脱する間、足を上げ続けているつもりだった。
考えてみたら社交ダンスとか踊るべきではなかった。この数時間で、何千何億という尊い命が失われたか知れない。でもおれは、アキを楽しませたかった。彼女を愛していたのだ。そう、結果怖がられることになったが、おれは後悔はしていない。彼女を楽しませ、そして――

そのときドアが開いた。アキが涙で顔をぐちゃぐちゃにして立っていた。
「やっぱり離れられない!!」
抱きついてきた。右足がクイックステップを踏んだ。




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【2008/01/21 15:06】 | 『破壊的な足うら』 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
マスカット
マスカット2
トイレットペーパーを駆使して撮った、マスカットです☆
【2008/01/21 13:59】 | トイレットペーパーのむこう | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
キリンと暮らす、クジラと眠る
クマ・・・・・・・・・・・・・・・永遠の友だち
セキセイインコ・・・・・・・音声・語学習得のエキスパート
フラミンゴ・・・・・・・・・・・スーパーモデルたちの孤独
アカシカ・・・・・・・・・・・・愛しのノロちゃん
ヒツジ・・・・・・・・・・・・・ウール革命を待ちわびて
クジラ・・・・・・・・・・・・・大いなる胃袋へのご招待
ハイエナ・・・・・・・・・・・意外な狩りの名人
ニワトリ・・・・・・・・・・・・人口卵工場ができるまで
ヒキガエル・・・・・・・・・・一妻多夫制の悲劇
ニシン・・・・・・・・・・・・・未知との遭遇・海底編
ウサギ・・・・・・・・・・・・・かくされた家庭内暴力
キリン・・・・・・・・・・・・・都会暮らしに最適のパートナー
ゴキブリ・・・・・・・・・・・命がけの片想い
パグ・・・・・・・・・・・・・・小さなボディーガード
ミミズ・・・・・・・・・・・・・世界で一番大きな糞
ワニ・・・・・・・・・・・・・・海緑色の瞳からこぼれる涙
カッコウ・・・・・・・・・・・みんなのお荷物
コガネムシ・・・・・・・・・神の犯した誤り
グレートデーン・・・・・・・ビスマルクの右腕
ハト・・・・・・・・・・・・・・失業者たちの憂い
ペンギン・・・・・・・・・・・抱きしめたい!
カメレオン・・・・・・・・・・喜怒哀楽の七変化
ゴールデンハムスター・ゴールドラッシュ・未来編
プードル・・・・・・・・・・・インテリという名の足かせ
サイ・・・・・・・・・・・・・・反逆児ブルタリス
ゾウ・・・・・・・・・・・・・・ぼくたちの安らぎのために

以上、目次より

キリンと暮らす、クジラと眠るキリンと暮らす、クジラと眠る
(1998/07)
ミヒャエル ゾーヴァ、アクセル ハッケ 他

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だいたい4〜6ページずつ、それぞれの動物の特性、そしていかに彼らと共存すべきかという提案がまとめられています。何より良いのが文章と挿絵のバランス。良い具合に相補しあって、かつ、それぞれ好きなことをしている感じで、レベルの高さとアマチュア感が同居しています。『ちいさなちいさな王様』のペアです。レベルの高いブログ本のような感じです。
【2008/01/20 15:44】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ギャップは埋めない
イッコーさんはスッピンのときにいちばん女を感じます。メイクを落とせば、やはり素材に近づくわけで、男性に近づく部分も当然あると思うのですが、その素顔を「見せちゃいけないもの」としてもっている感じが、女性だなと思います。マインドが似てるねと言いましょうか。
例えばそれを演劇に活用できないかと考えたとき、役柄と役者本人とがあまりにもかけ離れているとき、つまり役になりきれないときはなりきらないでいいと思う。全然。むしろ「似たマインド」を探せばいいわけで。役としてお化けに怖がらなきゃいけないとき。役者である私はお化けなんて怖くないと。お化けなんて舞台裏にいくらでもいるもんと。そしたらまんじゅうを怖がればいいのです。本当に自分が怖いと思うものを。要は怖がっていることさえ表現できればいいのです。実際、こういう方法をとっている役者さんも少なからずいると思います。でもそれを全編を通してやっているのを見てみたいな。私としては。全く役柄にはなり切っていないのだけれど、役の感情は正確に表現しているという。そして「置き換え」だけで本編とは全く別の層、物語を形作ってしまっているという。それをソワレで上演すればいいと思うし。

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【2008/01/20 14:29】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
獄死
  

  『獄死』
             黒川陽子


開いたナプキンから零れ落ちんばかりになっている。足をもう少しだけ開く必要があった。狭い個室のなか脚をつっぱるように立ち、太ももまで下げたパンツがまっすぐ張れるようにし、ナプキンの中央、盛り上がるほどに溜まった経血に目をやる。できるだけ動かさないよう前のほうに指を差し込み少しずつ剥がしはじめると、ナプキンの裏の粘着物質が化繊の生地をひっぱりしみじみした音を立てた。
ナプキンの中央、盛り上がった経血はジャムのように見える。
剥がした生理用ナプキンを先のほうから丸める。ナプキンの裏が手のひらに貼り付く。剥がそうとして、経血が横に流れた。手のひらを反対に傾ける。そのまま丁寧に巻き続け、春巻きのようなロール状にする。寒い。

彼女は下着を膝までおろし、前をひっぱりながらしゃがみこむ。タイルの隙間の黒ずんだ部分からえぐるような臭気が押し寄せてくる。足元はグレーの細かなタイルだ。目の前は白い、大きめのタイルだ。目の前のタイルに沿って左上にゆっくり視線を這わせていくと、やっと尿道が開いておしっこが落ち始めた。二時間連続の授業だったから、久しぶり。少し痛い感じがする。左の目がかゆい。左の目を掻きながら隅の三角コーナーに入れたナプキンを一瞬見た。
右手にあるトイレットペーパーを手に巻きつけて破った。しゃがんだまま股に差し入れて拭く。大虐殺でもあったかのように経血が激しく濡らす。もう一度、トイレットペーパーを手に巻きつけ、股に差し込む。そのまま太ももを閉じ、落とさないように気をつけながら腰を上げる。左側の扉のホックにぶら下げたキルティング地のポーチに手を伸ばし、右足を浮かすようにしながらファスナーを指でつまむ。股に挟んだトイレットペーパーが落ちそうになっている。こわごわ、もう少し足を浮かす。トイレットペーパーがはがれて落ちる。便器の左側に立ってポーチから新しいナプキンを出した。パンツに貼ってパンツを上げ、便器に落ちたトイレットペーパーを見る。
換気扇の音が響いている。
水を流し、教員トイレを出る。
昼の職員室は暖房のあたたかさとは違う変な熱を持っていた。手前で先生が、コーヒーのポットの底を削いでいる。ALTのナターシャは、明るい飴色の髪をこちらにむけて机ごしに話をしていた。
「ナターシャ」
気がつかない。
「ナターシャナターシャ」
いつも多めに呼ぶ。「ナターシャ」は、昔からなりたかった名前のひとつだ。宝塚で『虹のナターシャ』というのを見てからいい名前だなと思っていた。
「ナターシャ」
いい名前だな。
「ナターシャ」
小作りの顔が不安げにこちらを見ている。
「ナターシャ、購買部のパン買いにいこう」
「行きます」
ナターシャが立ち上がった。
 

ここで話は、先ほどトイレに捨てられたナプキンに移る。まだかすかに熱を残しているナプキンだ。ナプキンは小さな三角コーナーの中に自らを見出した。
潜水している感覚。個室の隅の三角コーナーには色んな音がくぐもって伝わってくる。コロコロコロコロいう換気扇から、同じくコロコロいう、でも鈴の音に近いおそらく水の音。
ナプキンは耳を澄ましていた。
それから個室の外、さらにトイレの外だろう、連なって歩く足音とひびく声とが急速に近づいて通り過ぎていった。「ナターシャはさぁ、冬休みには実家……」
薄暗い。天井には大きな円形の穴があいてわずかながら光を採りこんではいるが、圧倒的な陰と湿った空気の中にかき消されてしまっている。ここで最後の時間を過ごす。ナプキンは最後に焼却されるまでの数時間を「ナターシャ」という名で過ごそうと考えた。小さな三角コーナーの中、ナプキンは新たに「ナターシャ」となった。
しかし……、
とナターシャは思った。
ナプキンとして生まれたからにはある程度覚悟していたことだけれど、経血が染みてきて気持ち悪い。ぐちゅっと、潰れるような感覚があって、浸み出した水っぽい経血がナターシャの上質なポリエステルの隙をぬってじわりじわり染み込んでくるのだ。きつくロールされてしまったからだろう、真ん中に溜まった経血が……
ナターシャは戦慄した。一瞬、自棄を起こしたようになった。かろうじて残っていた白い部分、清潔な横モレ防止ギャザーにまで水っぽい経血が入り込んできたからだ。思わず放心した。
ナターシャは大量生産のナプキンだった。しかしその本質は、ナプキンという外見にはおよそそぐわないものだった。まず経血が嫌い。何を考えてるかわからないから。液体から固体から自在に形を変えながら、必ず思いも寄らない形をとってナターシャの中へ染み込んでくる。むしろナターシャは哲学がやりたかった。フーコーとか、デリダとかもいい。高度に言語化された哲学的命題、または近代における自我といった問題を考えたりしたかった。
高すぎる志――
そんなナターシャにとって捨てられた場所が私立の女子高のトイレだったということはせめてもの救いだったかもしれない。華々しいアカデミアの殿堂。まだパンツに貼られてその主人である英語の教師とともに動いていたとき、ナターシャはパンツの外にわずかに感じた教室の空気を、胸をときめかせながら吸い込んだ。飛び交う英文、異国情緒溢れる 「r」音、そして教室に集う、限りない未来を持った女学生たち。
他人の経血にまみれてロールされる運命なんて。
叩くような音がして、暗さが増した。同時に擦るような、湿った呼吸。せわしない呼吸。場所を調整するような足音がし、小さな金属が擦れ合う。一瞬の静寂があった後、はるか上のほうでしていた呼吸音が急速に降りて近づいてきた。
ナターシャはやるせない気分になった。
かすかに声の混じった鼻息。続いて細い、勢いのある水音と、しぶき。におい。シャーッ。におい。シャーッ。安堵したようなため息。それから水滴の力なく滴るおと。
わたしがいる間に大きいほうはしないで……。
ナターシャは祈った。自分は監獄のような空間にいて、その外では巨人が排泄している。


自分が女生徒だったら。
と、ナターシャは考えた。
既に教員トイレは静寂が包み、頭上でかすかに流れていた放送の音も消え去っていた。 
わたしが女生徒だったら。
バラ色のラブレターをたくさん受け取るわ。きっと制服の似合う、きらきら輝く少女になる。誰よりも素敵に制服を着こなしてみせるわ。
休み時間が終わっていた。力なく横たわるナターシャから、存在しなかった人生への思いがトイレの壁を伝って昇っていった。換気扇の音だけが静寂の一部のように鳴り続けていた。
わたしは通学中も人の目を引く。ミスコンテストに推薦されるかもしれない。チェックのスカートから伸びる滑らかな脚。でも決して下品にはならないの。内側から滲み出る気品よ。わたしの生活はすべてこの内側から滲み出る、どうしようもない可能性で輝く。    
こちらから出て行くことはしないの。それでも滲み出てしまうのよ、わたしの肩から腰から身のこなしから。
ナターシャは微笑んだ。
でも全てを断って勉学に励むわ。花の切り紙をはさんだ教科書、美しいノート、果てしのない罫線。わたしの指が小さく動くたび、実現されなかった可能性がいよいよ膨らんでわたしの身体を包むでしょう。けれどわたしは勉強。わたしの可能性を嘆く数多くの悲鳴を尻目に、勉強。もちろんそこでもめきめき頭角を現していくのよ。そんなとき油断して出場してしまった文化祭のミスコンテストでわたしはグランプリをとるの。やわらかな白色のドレスがステージ上でひらりひらり舞う。そこにかねてからわたしの評判を聞きつけていた映画のプロデューサーが見に来ていて、楽屋にいたわたしに名刺を渡しにくるの。映画女優にならないか? あまりに熱心な誘いよ。君なら映画界に一時代を築ける。いよいよ避けられないと思ったわたしは国外に出ることを決心する。一路欧州を目指す。降り立った空港でマクビティーのビスケットを買って、その素朴な質感とともに透き通った異国の空。枯れ葉にココア、香水の瓶が七色に輝いている表通りのカフェーで哲学するの!
ナターシャは高揚した。
個室には白い光が差し込んでいた。午後の日差しが、昇降口の脇にある教員トイレに淡い光を投げかけていた。
便器のポンプを流れる水が弱々しい音をたてた。廊下で物の落ちる音がし、その残響がしばらく続いていた。ナターシャは力なく転がっていた。高揚の先にある単調なリズムがナターシャを苛み始めていた。
忌々しい経血……。
今や重しとなってナターシャをトイレに縛り付けている。バカみたいだわ、わたし。まるで後生大事に抱きしめて。
個室に差し込んだ光が風とともに動いていた。天井の陰が東へむけて、ゆっくり移動していた。
綺麗なナプキンのままだったら風に乗って欧州まで飛んでいけたかもしれない。
光が再び、ふんわりと床を照らした。





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【2008/01/20 02:10】 | 『獄死』 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
精神的な余裕
カキによくあたります。週末にはたいてい、スーパーで買ってきたお惣菜が夕飯のおかずとして並ぶのですが、いつも必ずカキフライが1パックその中に含まれています。そのカキフライにしてもそうだしー、あと近くのフランス料理やさんでカキを食べたときもあたりました。ただし「食中毒」と呼べるくらいの激しいものではなく、下痢するくらいです(ちょっと汚いこと書きましたが(事後報告)これ以降はありません)なので、ぶっちゃけあたってもいいや、っていうか、最近はむしろ運試しくらいの気持ちで旺盛にカキフライを食べてます。てことに気付いたのが今日。夕飯のときに、やはりカキフライに箸をのばしながら、「あたるかな〜」とワクワクしてる自分を見出しました。ここで重要なのが、無闇にマゾヒステッィクもしくはサド、もしくは自傷的もしくは露悪的な精神っていうのが最近私は嫌いであるということで、例えば「このカキあたるかな〜」とワクワクした感じで言った場合、すぐさま「ふっ。ブラックなこと言やあ良いと思ってるんでしょ」ってツッコミたくなるような、回路が最近はもっぱら太くなりつつあるのです。それが今日、例外的にツッコみたくならなかったのは、むしろそういう「ささやかな危険」を冒せる私はいま幸なのねというか、要は修論提出も単位がかかったプレゼンも大方済んで、最近は差し迫った重要事がない。心おきなく体調を崩せることからこうした思考に至ったことに気づき、「このカキあたるかな〜」に露悪よりも久方ぶりの精神的な余裕を見出したからでした。久方ぶりでだいぶ懐かしい。
【2008/01/20 01:38】 | エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
冬ものがたり
冬ものがたり (とびだししかけえほん)冬ものがたり (とびだししかけえほん)
(2007/08)
ロバート・サブダ

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開くとモチーフが組みあがってとび出す絵本。子供用でないところが良くて、モチーフは全て白で、雪や湖をあらわすのに銀やオーロラの紙をたくさんあしらっている。誠実に美を追求している感じがエキシビションの中野友加里的な。

尾根のむこう 冷たく激しい流れを あびて きらめく 光の中 年寄りのクマが 踊る

など、添えてある言葉も綺麗でござる。
【2008/01/19 01:02】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
きれいになる色の魔法
最近、今まで使っていたファンデーションが間違っていたことに気付きました。
私自身、「日本人である」ということがすごくあるものですから、「私は日本人である」、「日本人は黄色人種である」という連想から、「私は黄色である」と思い込むに至り、ファンデーションの色味に大きく「ピンク系」と「オークル系」とあるところを、迷わず黄の強い「オークル系」を選択していたのでした。
でもどう考えてもどう逆立ちしてもピンク系であることがこの本――

きれいになる色の魔法 (中経の文庫 お 5-1)きれいになる色の魔法 (中経の文庫 お 5-1)
(2007/11/26)
桶村 久美子

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を見て判明。なるほど、それで色浮きが激しかったのだなーと思い、ファンデーションがなんと800円台で買える「ちふれ」化粧品からピンク系を購入して使い始めたのでした。
【2008/01/16 17:00】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
喪主
  

  『喪主』
               黒川陽子


人間の別れって、こういうものなのでしょうか。
ここが葬儀場のホール。少し前に流行った純愛ドラマの、聴き慣れたBGMがおとなしく流れています。「世界の中心で愛をさけぶ」の音楽が流れています。
人の死に顔というのを、私ははじめて見ました。恥ずかしい話ですが、父が亡くなったときも母が亡くなったときも、私は間に合いませんでした。私が駆けつけたときには弟たちの手配で万事整えられたあとで、父も母も静かに目を閉じ、白いハンカチの下でねむっていました。
人がああいう顔をして亡くなるということは、今回はじめて知ったのです。最初は、憤りを感じるほどでした。ああもう抜け殻になってしまったのだ。空っぽなのだ。五十年連れ添って、最後に何もなかった。ただピタリと、あなたであることをあなたはやめてしまったのです。苦しいだろうに息もせず、瞬きもせず、舌も動かさず、おそろしい物ぐさのようにさえ感じてしまいました。でも不思議なもので、看護婦さんが来て目を閉じ、口を閉じてくれると、みるみる中身が戻ってきたように感じたのです。そして私、微笑んでいるようにさえ見えるあなたを見て、この人は立派な人生を送ったのだと思いました。
全員が席につきました。こんなに大勢の人が参列してくれるなんて素晴しいことです。もうすぐ通夜がはじまります。
きれいな祭壇。
孫たちが燈籠を出してくれました。中央にあるあなたの写真は、折に触れてあなたが「よく撮れている」と言っていたものです。遺影を用意していなかったから、咄嗟に、それならあなたが一番気に入っていたあの写真が、適当だろうと思いました。少し若すぎるかもしれないけれど。青空を背景にうつっていますが、白黒ではわからず、スタジオで撮ったように見えます。引き伸ばしてもあまりぼやけなかったから、よかった。
この三日間、私は悲しむ暇もないほど働きました。父が亡くなったときも、母が亡くなったときも、どこか遠いことのように感じていました。私はもう別の生活を築いていたし、結婚するときに一度、両親との「別れ」は済ませたように思ったから。この世に生れてきて、自ら築いた関係が終るときに、本当の「別れ」が来るのだと思いました。
あなたを送り出せるのは私だと、あつかましいかもしれませんが、そう思ったのです。あっという間の五十年でしたが、それでも人生の大半を過ごしてきました。私だけが自信をもって送り出せる。知っている限りのところに電話をして、弔電もたくさん送ってもらいました。花輪の並べ方も私に決めさせてもらいました。祭壇のお花は、これは葬儀場の方にお任せしてしまったのですが、想像していたよりもずっとたくさん、飾っていただけました。お寺にもご挨拶に伺いました。参列してくださった方へのお返しの品も、葬儀場の方が見せてくださったカタログからいちばん品のあるものを選びました。あなたの人柄が偲ばれるものを選んだつもりです。亡くなって以来、お線香の火は絶やしませんでした。そして昨夜は一睡もしないで、あなたへの別れの言葉をしたためました。こうして全てが整い、これ以上なくあなたにふさわしいものとなった祭壇を前に、私は初めてあなたとの別れを噛み締めているところです。
ああそれなのに……
控え室で勧められて飲んだコーヒーがいけなかったのでしょうか。それとも、慣れない着物がいけないのでしょうか、まだ始まってすらいないというのに、なんだかおしっこ。
でも私はいちばん前の席で、間もなく式も始まるし、式の進行をする葬儀場の方もマイクを構えています。開式の六時まで十分弱。ああ、そう考えるうちに黙祷がはじまりました。目をつむって、まぶたの裏にあなたの姿を思い浮かべます。ようやく目を開けて壁にかかっている時計を見ると六時五分前くらい。「開式まで、そのままお待ちください」というアナウンスが流れました。五分間、なんてもどかしい五分間なのでしょう。行こうと思えば今のこの一瞬にお手洗いに行けたかもしれないのに。この一瞬にも。私は体面を気にしているのでしょうか。こんな状態では、とてもあなたを悼むことができません。
燈籠が回っていてきれい。
住職様が入ってきました。左側の廊下からいらっしゃったようです。ああ、生きている人間はどうしてこう罪つくりなのでしょうか住職様。住職様。五十年間連れ添った主人を悼もうというときにです。今生の別れです。ああどうしてコーヒーが存在するのでしょうか住職様。住職様。
あなた。
あなたはもうこういう恥ずかしさを経験しないで良いんですものね。あなたはもう何も感じることがないのです。ああ私、何考えているのかしら。あなたとの別れを悲しむべきときにあべこべに恨みがましいことを考えるなんて。私、本当に感謝しているのです。唯一の夫があなたで心からよかったと思います。だからこそ、せめて住職様のお経が終わるまでは、あぁ……
考えないようにすればするほど、意識してしまいます。もちろんあなたのことじゃありません。おしっこのことよ?おしっこだなんて私。もう仕方ありません。こうするのがきっと、一番目立たないし、迷惑もかからないでしょう。忘れるのが一番。涙をこらえるようにぎゅっと目を閉じて、ああ、住職様がおりんを叩いていらっしゃいます。あなたの心のように澄んだ、美しい響きでいらっしゃるのね。


わたし寝ます。






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【2008/01/13 23:39】 | 『喪主』 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
Stuff on My Cat
猫に関して私が感じていた湿っぽさを、まさに表現として結実させている本を見つけました。

Stuff on My Cat: The BookStuff on My Cat: The Book
(2006/10/24)
Mario Garza

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出てくるのはいずれも「何かをのせられた」猫たち。お菓子であったり、そこらへんにある日用雑貨であったり、妙な衣裳だったり。それを猫たちは、時に恨みがましい目つきをしつつ、耐えています。もちろん乗っているのは軽いものばかりで虐待の気はないのですが。
【2008/01/13 22:53】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ねこ鍋
写真集『ねこ鍋』写真集『ねこ鍋』
(2007/11/01)
講談社MouRa

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ネコの写真満載だよ、っていう、飽くまで比喩としてのこのタイトルかと思ったのですが、微妙に違いました。

おてんば娘の“まんず”、やさしくて元気な“ニャンゴロー”、凛としたたたずまいのニコ坊、おしとやかな“ましゅまろ大仏”。4匹の子猫たちは、部屋におかれた土鍋の中でのお昼寝が大好き。ひとりひとつづつ土鍋を占拠したり、ふたりでひとつをシェアしたり、ときには4匹みんなでひとつの土鍋にかたまって“激盛り状態”になってみたり――。(内容紹介より)

実際にネコが鍋に入っています。ネコには裏切られてばかりです。
そして『めめぼん』のときも感じたのですが、(でもレビューは「可愛い」「癒される」「脱力」がメインなので、私の勝手な感じ方なのでしょうか)やはりどことなく湿った印象で、仮に犬ならばこうは感じないと思うのです。「あ、可愛い演出〜」くらいで。それがネコとなるとなんとなく受身で、意思をはっきり持っているようでありながら容易に被害者になるような。だから身体を丸めて鍋に入っているその様子が、やはりハラハラするのです。「スパイシーな癒し」とでもいいましょうか。

【2008/01/13 02:40】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
オペラ座の怪人
プロローグ この奇妙な物語の作者が〈オペラ座の怪人〉が実在したと確信するようになった理由
1 怪人のしわざ?
2 新しいマルガレーテ
3 ドビエンヌ、ポリニー両支配人が辞任の本当の理由を後任のアルマン・モンシャルマン、フィルマン・リシャール両氏に打ち明ける
4 五番ボックス席
5 五番ボックス席(つづき)
6 魔法のヴァイオリン
7 五番ボックス席の点検
8 リシャール、モンシャルマン両支配人が〈呪われた〉劇場で『ファウスト』の上演に踏み切ったことと、その結果おきた恐ろしい出来事について
9 謎の二人乗り箱馬車
10 仮面舞踏会で
11 〈男の声〉の主の名前は、忘れるようにしないと
12 切り穴のしたで
13 アポロの竪琴
14 切り穴の好きな男の名人芸
15 安全ピンをめぐる奇妙なエピソード
16 「クリスティーヌ! クリスティーヌ!」
17 〈オペラ座の怪人〉との個人的な関係についてのジリーおばさんの驚くべき告白
18 安全ピンをめぐる奇妙なエピソード(つづき)
19 警視と子爵と〈ペルシャ人〉
20 子爵と〈ペルシャ人〉
21 オペラ座の奈落で
22 オペラ座の地下でひとりのペルシャ人が遭遇した興味深く、また示唆に富む危難――〈ペルシャ人〉の手記
23 拷問部屋で
24 拷問が始まる
25 「樽、樽、ご不要の空き樽買い取ります!」
26 サソリをまわすべきか? バッタをまわすべきか?
27 〈怪人〉の愛の終わり
エピローグ

以上、目次より

オペラ座の怪人 (角川文庫)オペラ座の怪人 (角川文庫)
(2000/02)
ガストン ルルー

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もはや「古典」とも言える『オペラ座の怪人』がこうした柔軟な見出しを持ってるというのは嬉しくなります。
また、作中、いくつかの怪奇現象が怪人によって起こされ、後々タネ明かしされることになるのですが(ガストン・ルルーは『黄色い部屋の謎』の作者としても有名らしく、推理作家の側面を多分に持っていたようです)、柔らかいというか、「そんなの現実的に実行不可能だろ」と思えるそれ自体怪奇現象ような内容を「こういう仕掛けだったのである」と提示してきます。それも個人的には好きでした。


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【2008/01/13 02:13】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アイス・ストーム
イライジャ・ウッドが美少年らしいということで観ました。

アイス・ストームアイス・ストーム
(2007/12/07)
シガニー・ウィーバー、ケビン・クライン 他

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仲の良い二家族がいて、でも妻は他方の夫と、夫は他方の妻と、それぞれ隠れて浮気してる。さらに子供たちも性的な遊びに足を踏み入れ・・・と、いわゆる「荒廃した」様子を淡々と描いていきます。それだけだと露悪的すぎる感。
ただ、娘役のクリスティーナ・リッチが自転車で走っているところを長回しした場面の表情など、人間がただ重力を受けて生きているだけで否応なしに感じる疲れのようなものを映し出しており、「あぁ、それじゃあセックスに走るわ」と妙に納得できてしまうという。
イライジャ・ウッドも美少年であり、総じて良かったです。


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【2008/01/12 02:49】 | 映画評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
その名にちなんで
読み進めて良かったのが、
その名にちなんで (新潮文庫 ラ 16-2)その名にちなんで (新潮文庫 ラ 16-2)
(2007/10)
ジュンパ・ラヒリ

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こんなふうに始まります。

じっとりと暑い八月の晩、予定日を二週間後に控えたアシマ・ガングリーは、セントラル・スクエアにあるアパートのキッチンで、〈ライス・クリスピー〉のシリアルと〈プランターズ〉のピーナツと赤タマネギのみじん切りを、ボウルの中で混ぜ合わせている。これに塩、レモン汁、小口切りの青唐辛子を入れながら、ついでにマスタードオイルもあればよいのにと思っている。妊娠中ずっと、こんなものをつくって食べてきた。(p.7)

私はこういう個人的な描写で始まるものがどちらかというと苦手で、それは初っ端から個人的なこと書き連ねても当然興味持ってくれるんでしょ? って言われてるように感じるから。
でもそこをおして読み進めると、この作品に限ってはこういった細かな描写が決して自己満足でも、自己顕示欲でも、「自分だけの世界を作りたい」願望に支配されたものでもなく、じゅうぶん「本物」と思えるだけの精密さ、辛抱強さを持っていることに気付きます。(実際、個人描写に引っかかるのは日本語だからという気もします。原文の英語ならば仮に固有名詞が書き連ねられても「そこにそれがあるのね」と素直に受け取れるのですが、日本語だと一つ一つに妙な思い入れを感じてしまうというか)
そして圧倒的な筆力の上に成り立つ、圧倒的なミドルの世界に圧倒されるのです。ミドルといっても中年じゃなくて、

ベタ

ミドル

不条理

とあり(私の中に)、ベタでも不条理でもない中間層の作品は、地味な部分だとは思います。でも、そこが本当だろうという気もしていて、例えば人間は物理的にだいたい3キロから200キロくらいの範囲の中にいると思うのですけど、サイズが。すると何トンとかいう象の大きさになることはできないし、逆にゾウリムシほどの小ささになることもできない。「だいたい3キロから200キロ」という範囲がある以上、人間の感覚にも、ある程度範囲があるのじゃないかと思うのです。つまり、「ここが人間として生きてて一番問題になる部分」というのが、あるのじゃないかと思うのです。もちろん「ベタ」も「不条理」も人間の感覚の範囲内ではあるのですが、普通に考えてみて、例えば惑星がびゅんびゅん飛んできてもはや人間がダストのように死んでる、っていう不条理状態に陥ったら、逆に楽? みたいな。はっきりと精神病で入院している人よりも、「社会に適応できないほどでもない」普通に生きている人たちの方が、よほど大変じゃないか。そういう「手前の辛さ」がミドル部分にはあるよなぁ、それがベタの辛さよりも不条理の辛さよりも一番辛いよなぁ、大変だよなぁ、と最近は思うのです。

それで『その名にちなんで』ですが、この作品は、綿密な描写の積み重ねの上に、見事にその「一番問題になる部分」を描き出しています。
すると「死」の辛いこと。(p.79、p.273)


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【2008/01/12 02:26】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
せりふの時代
昨日発売の『せりふの時代』 p.253 に、「第13回劇作家協会新人戯曲賞、黒川陽子『ハルメリ』に決定」の記事が出ています。よかったらご覧ください。
載っている顔写真は証明写真で撮りました☆

せりふの時代 2008年 02月号 [雑誌]せりふの時代 2008年 02月号 [雑誌]
(2008/01/10)
不明

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【2008/01/12 01:35】 | よかったら | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
めめぼん
本屋さんで見て「なんだぁ?!!」と思った。

めめぼんめめぼん
(2007/11/30)
文 竹内 華子、写真 清水 桜子 他

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最初はたまたまこの表情をしたときにシャッターを切ったのかなとか魚眼レンズで鼻デカわんこ撮った人みたいに特殊なカメラ使ったのかなとか単に角度かなとか技術的な面を真っ先に疑ってしまったのですが世界は思ったより広い。そもそもタレ目の猫ちゃんなのだということが数ページ見て判明しました。
可愛いなぁ〜。
と思うと同時に、でも「なんだぁ?!!」と思ったときの驚きというか、異質さを思い出して。
「樽ドル」というのがあるというのを最近知ったのですが、そのときと似たような感覚が一瞬あったのです。比較的マイナーな嗜好の対象になり得るような、湿った印象。実際、ギリギリのラインのような感じがするのです。「タレ目で小さい猫ちゃん」として、極めて一般的な「可愛い」くくりにも入ってそうな、でも辛うじてのような、ハラハラする可愛さ。
【2008/01/12 01:27】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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