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今日、夜電車に乗っていて、終点の近くで乗客もまばらになった頃に乗り込んできた親子は、若い母親と、小学生くらいの小さな息子が二人でした。お兄ちゃんの方はサッカーとか始めたような3年生くらいで、弟の方はまだ骨格もやんわりしてる一年生くらい。ドサッと紙袋をたくさん置いて座った母親のそばに弟が座り、お兄ちゃんは少し離れた座席に座りました。なんというか、かなり空気も煮詰まった頃の車内に新たなテンションの三人が乗り込んできた感じだったのですが、なかでも特筆すべきは弟。母親にむかってとてもはしゃいだように話しかけていて、よく聞いてみると、自分が考えたダジャレを連発しているのでした。「ダジャレを言うのはだれじゃ」「布団がふっとんだ」系の。それを最初のうち、母親は楽しそうに聞いていたのですが、徐々に車内の空気が読めてくると、「もう少し小さく話しなさい」ということを注意するようになりました。しかしその後、弟はさらにエスカレートして、立ってドアの前まで行ってふざけて、そのうちお兄ちゃんも混ざってふざけ始めたので、母親はついに本格的に怒り始めました。ごまかそうとしても決して厳しい表情を崩さない、という態度で。するとまず、お兄ちゃんが元の席に戻り、おとなしくなりました。続いて弟もか、と思ったのですが、なんと弟は諦めず、ハイテンションでひとりはしゃぎ続けたのです。そしてそのはしゃぎ方というのが、自分勝手にテンションが上がって騒いでるということでは必ずしもなくて(そうだったらすぐにピシャリと黙らされてしまったと思うのですが)、飽くまで母親に向かっておどけて見せている感じ。「お母さん、お母さん、見て」と媚びへつらっているような。「ビーム、ビーム、ビーム」と、とにかく動き回る。そしてそれからしばらくして、「降りるよ」と立ち上がった母親に「なんで笑ってたの?」と軽い感じで言ったのでした。それを聞いて「あぁ……」と思ったのは、つまりお兄ちゃんが母親の言いつけに「従う」ことで事なきを得たのに対し、弟は、一見プライドを捨てたようでいながら、飽くまで自分のテンションの中に母親を「丸め込んで」しまったのでした。巧妙に母親の表情を窺いながら。「この子はもう、仕方がない」と母親がふと気を許したところで、すかさず「なんで笑ってたの?」とつけこんでくる。プライドを捨てるところまでが技術。
純箱入り娘の私としては、こういうタイプの男性がいちばん苦手で怖い。おべっかの量で圧倒されて、ある瞬間に「見下されて」いることがくっきり判明する。むかつく。子どもの頃からの技術なんだなぁ、と今日は思ったのでした。 |
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3月25日に早稲田大学の大学院の修士課程を卒業しました。ゼミの先生が推薦してくださり、卒業式では小野梓記念賞をいただきました。学部と合同の式で、ものすごい人数の前で、突然トイレに行きたくなったらどうしようとずっと心配でしたが、式が比較的短時間だったのもあり、ぶじ前に出て賞状をいただくことができました。23日がじいちゃんの一周忌法要でしたが、どこかで見て喜んでくれてたら良いなと思います。
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最近、ぞろ目的な特殊な数をみつけることが多い。いまも時間を見たら17:17だったし、昨夜も2:32ピッタリに携帯の時計を見た。何がすごいかというとだって3月23日。携帯の液晶画面には323232と縞模様のように数字が並んでいたのだった。あと、この前イタリア料理を家族で食べに行ったとき、車に乗って時間を見ると1:11だった。おー、1が並んだと思っていると、目の前に並んで駐車してある2台の車のナンバーが1.1と1.11みたいにやはり1ばかりのもので、とにかくその瞬間、私の前に1だけが8つ並んだのだ。
そういうときは、何か特別な時間のような気がして、たとえばさっきなら17:18に表示が変わるまで身動きできないでいる。で、最近そういう数を見つけること自体が多いから、よく身動きできないでいる。 |
小さくて精巧なものが好きで、そういうもの見ると「いやーーーーーっっっ」となってしまう(良い意味で) やられた☆ 小さくても精巧さのレベルが低いと別になんとも思わないのだけど、絶妙にそのラインをクリアしたものばかり。しかもギリギリ私にもできそうなのがポイントなのだった。 |
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昨夜のナイナイサイズはゲストが劇団ひとりで、「スターなら女子中学生の目を気にしようぜ」という企画をやっていた。主旨としては、好みが確定してしまう前の若い世代に、いち早く自分の存在を植えつけてしまお、みたいな、ことだったのだけれど、その過程で、ティーン誌の人気モデル(14歳〜16歳)が四人、スタジオに登場した。みんなフェイク? の制服を着ていて(ただし、撮影用ではなく、それが日常らしい)、実際に学校に持って行っているという鞄を持ってきていて、その中身も少し見せてくれたのだけれど(髪を巻くアイロンや、酢昆布とかが入っていた)、矢部さんが「君ら携帯はあれなんやろ、キラキラとかたくさんつけてんやろ?」と聞いたら、違うらしくて、みんな装飾要素の一切ない黒の携帯を持っていた。今は、「とにかくこの、シンプルなのがカワイイ」らしい。さらに「デコケーは遅れてるよね」らしい。
それでなんとなく連想したのが、ルーズソックスのこと。私が中学生か高校生のときに流行って(もしかしたら違うかもしれない(私自身は流れに乗れていなかったので、記憶が曖昧))、一時期爆発的に普及したのだけれど、ふと気づくとみんな紺のハイソックスに切り替わっていて、「ルーズソックスは遅れてるよね」ということになっていた。ポイントは、ルーズなもののの後に、シンプルさがくるということ。「デコケー→黒の携帯」にしても、「ルーズソックス→紺ハイソ」にしても、いわゆるPTA的な観点からいえば、「中学生がそんなもの持って!」と眉をひそめたくなるようなものから、一転、「学生らしくて好ましい」と思えるようなものへと極端に切り替わっている。もちろん一般的な流行にもそうした「弛緩」と「抑制」はあると思うのだけれど、それよりもさらに、女学生の流行の切り替えはエッジがきいている。 当人たちは単純に「友達と同化したい」「遅れてる子に差をつけたい」みたいな動機から流行を追っているだけなのに、それがPTA的評価の両端を行き来していることが面白いなと思った。 |
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先週からスマスマのコントで「カリスマショップ店員、シノブ」というのがやってて、木村くんが女装してやっているのだけれど、その設定は、現在、全ギャルの憧れであり「カリスマ」と呼ばれるショップ店員シノブが、実は46歳で、でもそれをどうにか隠して仕事しているというもの。だから他の若い店員たちの使うギャル語やファッション用語についていけなかったり、うっかり死語を口走ってしまってごまかしたりという連続。女装した木村くんは綺麗で、「カリスマ」と祭り上げられてしまうのも説得力あるし、また、46歳という設定もなんだかリアル。さらに良かったのが、コントの最後にシノブさん自身のナレーションで、なぜ彼女がこうして働いているかというのを想像させるコメントが入るのだけれど、それが「シノブ、46歳。ぜっっったいにバレてはいけない。息子の受験が終わるまでは……」というようなもので、あぁ、受験生の息子さんがいるのね、と。お金のかかる時期を、なんとか持っているものをフルに生かして乗り切ろうという、モチベーションの部分でも非常に納得がいったし、単純に面白かったのですが、それが昨日、二回目の放送で、最後、「ぜっっっったいにバレてはいけない」に続くオチとして、「下の子のオムツがとれるまでは」というのが入っていたのです。それはなんだか違うな、と。シノブさんは、子供は何人でもいいけれど、二十台のうちに結婚・離婚していて、子供もその時期に生み終わっていて、その後はシングルマザーとして、パートとかしながら子供を養っていたのだけれど、「子供の受験が重なっちゃってさ」みたいにパート仲間に相談したら、「あぁ、あんたそんな大きな子いたのね。むしろ、あんた自身が若い子の格好してもいけるんじゃないの?」みたいに言われて、若作りしてショップの面接受けたら受かって、ついにはカリスマ店員にまで上り詰めてしまって、でも飽くまでこれは一時的なもの、子育ての最後の山場を食いつなぐため。と頑張っているという、感じでいてほしかった。
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風邪ひいたーーー!!!
もうだいぶ平気だけど、昨日は食欲もあまりなくて、嫌な感じだった。年末にノロウィルスにかかったときもそうだったけれど、寝込むほどの崩れ具合ではなく、しかし微妙に嫌な感じが続くということがここ一年、割と頻繁にある。体力があるからこの程度で済んでいるのか、それとも、体力がないから少しのウィルスでも症状が出てしまうのか、わからない。 |
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以前にも書かせていただいたように、3月11日より麻布十番の「縁縁」で開催される九屋あんずさん(ひょうひょう時間)の第二回個展「桜國」に参加させていただいています☆
その流れで、作品解説を兼ねたラジオが放送されることになりました。黒川それに出ました☆ 第九衛星 よりお聴きいただけます。 はっきりいって、黒川相槌打つだけです。相槌でトランスします。一方、 清々しく話す九屋さん。声だけで、顔見えないし、こっちが黒川の喋りだと誤解してくれる人が一人でも多いと良い。。。 |
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今日は電車にのっていたら鼻が出てきてしまったので、鼻をかみました。もし座席に座っていて隣の人が鼻かんでたら少しいやかなと思ったのですが、私はたまたま車両の端のほうに立っていたので、よりいっそう隅を向くようにして鼻をかみました。それでも扉の近くに立っていた人や、私の後ろのほうに立っていた人がこちらを見るのがわかったのですが、無事鼻をかんで、それからしばらくして、落ちついて車内を見渡したら、近くに見覚えのあるような人が立っているなと思ったのです。むこうはマスクをしていて絶対そうかというとそこまで確かではないのですが、たぶん中学のときに部活で一緒だった子なのです。ずっと気付かないでいて、それからもお互い、特別声を交わすことなくとうとう電車を降りることになったのですが、後から考えたら扉のところに立ってたなと。つまり、私が電車の中でおどおどと鼻をかんだとき、こちらを見たひとりだったと思うのです。私が相手に気付いたのはそれからしばらくしてからのことだったのですが、むこうはそのときにこっちをバッチリ見たわけで、もしかしたら気付いたかもしれない。鼻をかむ音に驚いてこっちを見たら中学の同級生の変わり果てた姿、そして鼻をかんでいる。つい先日私は、その子とは別の同級生に会って、ランチしながら「あの子結婚したらしいよ」とか、「関西で就職したらしいよ」とか色々情報交換したのですが、もし、今日会った子がこれからそういう機会を持って、「陽子ちゃんはどうしてるんだろうね」って話になったとき、「あー、私この前見たよ」「あ、ほんと?」「たまたま電車で見たよ。みんなの前で鼻かんでたよ」とか言われるのかなと思って。
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叫んではないか。呟いてる感じ。 そうしたら巻末の作者紹介までが、まず、文章のアントニー・バージェス、この人は『時計じかけのオレンジ』の作者らしく、そうしたキャリアを中心にまとめてあって良い。次に翻訳者の長田弘、この人も代表的な著書を羅列する形の紹介で、まあ、ふつう。それが絵を担当したファルビオ・テスター。「1947年、アイスクリームの国イタリア、ヴェローナ生まれの絵本画家」ここまでは良い。続いて、「アイスクリーム好きとして知られたカトリーヌ・ド・メディシス、チャールズ1世、ジョージ・ワシントンなどの名をたどれば、アイスクリームの歴史は、そのまま世界歴史に通じる。日本でも明治維新後、たちまち近代の味を代表することになったのは、アイスクリームだった」アイスクリームの紹介になってるー。。。。。。 |
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